大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和60年(ワ)1071号 判決

原告

古座岩丈夫

原告

山登八重子

右両名訴訟代理人弁護士

中村良三

被告

株式会社ロイヤルハイム

右代表者代表取締役

原幸一郎

右訴訟代理人弁護士

香月不二夫

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告古座岩丈夫(以下「原告古座岩」という。)に対し、金九四万七〇〇〇円及びうち金五三万九〇〇〇円に対する昭和六〇年七月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告山登八重子(以下「原告山登」という。)に対し、金九二万四二五〇円及びうち金五一万六二五〇円に対する昭和六〇年七月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同趣旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1(当事者)

(一)  原告らは、内縁の夫婦である。

(二)  被告は、建物の管理、清掃及び警備等を目的とする株式会社である。

(三)  株式会社ハイムは、被告と社長をはじめ、多くの取締役を共通にするいわゆる関連会社(株式会社ハイムが親会社)であり、次項(四)の各マンション管理組合から、当該マンションの管理業務の委託を受け、現実の管理業務は被告をして遂行させているものである。

(四)  伊丹ロイヤルマンション管理組合若しくは東灘ロイヤルマンション管理組合は、当該マンションの区分所有者(居住者)がマンションの管理をするため構成する団体であるが、現実の管理行為は株式会社ハイム(さらには被告)に委託している。

2(雇傭関係)

(一)  原告らは、昭和五八年一二月一日、被告との間で左記内容の雇傭契約を締結した。

(1) 原告らは、被告が管理を委託されている伊丹ロイヤルマンションに同年一二月四日から住込管理人として、受付、清掃等の労務を行う。

(2) 被告は、原告らそれぞれに対し、各月額八万円の時間内賃金(基本給)を支払う。

(3) 原告らの平日の勤務時間は、午前九時から午後六時まで(ただし、午後〇時から午後一時までは休憩時間)とする。

(二)(1)  被告の就業規則によれば、日曜日、国民の祝日及び年末年始(一二月三一日から一月三日までの四日間)は休日と定められている。

(2) 被告の賃金規定によれば、従業員が休日に労働した場合、従業員に対し、二割五分増しの休日割増賃金(以下「休日勤務手当」という。)を支払う旨規定されている。

(三)(1)  被告は原告らに対し、前記雇傭の際、休日でもマンション内の自宅に必ず待機するよう指示した。

(2) 仮に、右待機を命じていないとしても、被告の住込管理人の業務内容、原告らが休日にも現実に管理人室に待機し管理人の業務に従事していたこと、管理組合も管理人が休日に管理人室に待機することを要求していたこと、被告も原告らが休日に管理人業務に従事していたことを承認していたことから、被告は原告らに対し、黙示に休日待機を命じていたものである。

(四)  昭和五九年三月二二日、原告らと被告会社とは、原告らの勤務する場所を同日以降伊丹ロイヤルマンションから東灘ロイヤルマンションに変更することを合意した。

3(労務の提供)

(一)  原告らは、昭和五八年一二月四日から昭和五九年一二月一五日までの間、住込管理人として各平日に前記2(一)(3)記載の各労務を提供した。

(二)  原告らは、昭和五八年一二月四日から昭和五九年一一月二五日までの休日(合計六五日)、伊丹ロイヤルマンション若しくは東灘ロイヤルマンション内の管理人室に待機していた。

(三)  原告らが被告の業務命令により休日に待機していた時間は、伊丹ロイヤルマンションでは午前七時から午後一一時まで、また、東灘ロイヤルマンションでは午前六時から午後一〇時までの各一六時間であった。

4 (休日勤務手当の計算)

原告らの就労した前記休日六五日間の休勤手当は、原告らの平日の一時間当たりの賃金(それは月額基本給を一か月の平均労働時間数(二〇〇時間)で除した額である。)に、一・二五を乗じ、さらに合計休日労働時間数(休日日数に一日の休日労働時間を乗じた数)を乗じた金員であるところ、その額は左記計算式のとおり各五二万円である。

(計算式)「80000円÷200×1.25×16×65=520000円」

5 (原告古座岩の地位)

原告古座岩は、昭和五八年一二月四日から昭和五九年一二月一五日までの期間、被告会社の主任であった。

このことは、被告会社が原告古座岩に対し、「管理主任」の肩書の付いた名刺を交付し、その使用を許諾していたことからも窺える。

6 (賃金の支払)

(一)  被告は、原告らに対し、昭和五八年一二月から昭和五九年一二月までの前記勤務期間中、基本給(月額八万円)を支払い、また、休日勤務手当として、原告古座岩に対し合計二万円を、原告山登に対し合計三七五〇円を支払った。

7 (付加金の請求)

原告らは、労働基準法一一四条に基づき、未払の休日勤務手当のうち四〇万八〇〇〇円につき付加金の請求をする。

よって、被告に対し、(1)原告古座岩は、前記勤務期間中支給を受くべき賃金のうち、既に支払を受けた分(基本給全額及び休日勤務手当のうち二万円)を控除した残額五三万九〇〇〇円(未払休日勤務手当及び主任手当)とこれに対する弁済期の後である昭和六〇年七月二七日から支払ずみまで民法所定の年五分の遅延損害金並びに労働基準法一一四条に基づく付加金四〇万八〇〇〇円の各支払を、(2)原告山登は、同期間中支給を受くべき賃金のうち、既に支払を受けた分(基本給全額及び休日勤務手当のうち三七五〇円)を控除した残額五一万六二五〇円(未払休日勤務手当)とこれに対する弁済期の後である昭和六〇年七月二七日から支払ずみまで民法所定の年五分の遅延損害金並びに労働基準法一一四条に基づく付加金四〇万八〇〇〇円の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

1  請求原因1(当事者)のうち、(一)の事実は知らず、(二)の事実は認める。

2  同2(雇傭関係)について

(1) 同(一)の事実は、原告古座岩について認め(ただし基本給は一六万円である。)、原告山登については否認する。

被告は、原告古座岩を月額基本給一六万円で雇傭したものであるが、昭和五八年一二月一五日ころ、原告古座岩から、原告ら各自に八万円づつ支給していることにしてもらいたい旨の申出があったので、帳簿上、原告両名に分割して支給する形態を採っただけである。

(2) 同(二)の事実は認める。

(3) 同(三)の事実は否認する。

被告は休日待機を命じたことはない。原告古座岩が特に休日に勤務した場合には、被告は原告古座岩の申出により休日勤務手当を支給してきた。

(4) 同(四)の事実は原告古座岩について認め、原告山登について否認する。

3  同3(労務の提供)のうち、(一)の事実は原告古座岩について認め、原告山登について否認し、その余の各事実は否認する。

4  同4(休日勤務手当の計算)及び同5(原告古座岩の地位)の事実は否認する。

もっとも、被告が原告古座岩に対し、「管理主任」の肩書の付いた名刺を交付し、その使用を許諾したことはあるが、この「管理主任」の肩書は対外的に体裁を整えるため被告のすべての管理人に付した便宜上の名称であって、役付手当の支給の対象となる管理職の意味ではなく、被告はこれら管理人に対し役付手当を支給していない。

5  同6(賃金の支払)の事業については、被告が原告古座岩に対しその労務提供期間中月額一六万円の基本給を支払ったことは認め、その余の事実は争う。

三  抗弁(一部弁済)

1  被告は原告古座岩に対し、休日勤務手当として同原告主張の二万円のほか、さらに二五〇円を支払った。

2  仮に、被告が原告山登を雇傭していたとすれば、被告は原告山登に対し、休日勤務手当として同原告主張の三七五〇円のほか、さらに九四〇〇円を支払った。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実はいずれも否認する。

第三証拠(略)

理由

第一当事者について

一  請求原因1(一)の事実は、原告古座岩本人尋問の結果により認めることができ、同(二)の事実は、当事者間に争いがなく、また同(三)、(四)の事実は、被告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

第二原告らの雇傭関係について

一  雇傭契約の成否

1  原告らは、被告が昭和五八年一二月一日に原告ら両名を夫婦の住込管理人として雇傭した、と主張しているのに対し、被告は、同日原告古座岩のみを住込管理人として雇傭したと抗争するから、以下この点についてまず検討する。

2  確かに被告の帳簿上、被告が原告ら両名に対し、それぞれ月額八万円の給与を支給する取扱いをしていた事実は当事者間に争いがないが、雇傭関係の成否は、単に帳簿上の取扱いにより形式的に確定さるべきものはなく、雇傭時の状況及びその後の経緯等の実質により判断するのが相当であると解される。

そこでまず雇傭時の状況について考えるに、(証拠略)によれば、昭和五八年一一月三〇日、被告が本件の採用面接をなした際、原告古座岩は、自己の妻は「古座岩八重子」といい、夫婦住込で勤務したいと申出て、被告から月額給与(基本給)一六万円で採用されたこと、しかし同年一二月一六日ころの給与支給の段階になって、原告古座岩は被告に対し、「古座岩八重子」は実は原告山登八重子であっていわゆる内縁の関係にある者であり、正妻は別に存在するが、健康保険、雇用保険及び厚生年金等では、原告山登を配偶者として申告しており、厚生年金の受給等に支障があるので、被告の支給する月額一六万円の給与については原告山登と原告古座岩とに各八万円づつ支給する形式を採ってほしいと申出たことを認定することができ(右認定に反する原告古座岩の本人尋問の結果はにわかに措信できず、他に右認定に反する証拠はない。)、また、(証拠略)によれば、被告の従業員は採用された際に履歴書及び保証人と連名の身元保証書(誓約書)を提出するものと定められているところ、原告古座岩はこれら書類を提出しているのに対して、原告山登は全く提出していないこと及び原告古座岩提出の誓約書について、原告山登は保証人として署名押印していることが認められる(右認定に反する証拠はない)。

次に、雇傭中の事情についてであるが、成立に争いのない(証拠略)によれば、原告古座岩が昭和五九年七月二日当時所属していた全日自労建設労働一般組合の行った被告に対する賃上げ要求において、原告古座岩は自己の月額給与(基本給)が一六万円であることを前提として被告と交渉していたことが認定でき、また、いずれも成立に争いのない(証拠略)旨によると、被告は賞与として毎年八月と一二月に従業員に対し基本給の一か月分を支給していたところ、被告は、昭和五九年八月及び一二月分賞与として原告古座岩に対し、各一六万円を支給したが、原告山登には右賞与は支給していなかったことが認められ、以上認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、被告は原告古座岩を夫婦住込の管理人として雇傭してきたものであり、ただ原告らの都合により給料だけは原告ら両名に支給したように帳簿上操作してきたものにすぎないことが認められ、これに反する原告古座岩本人尋問の結果は前顕書証等に対比してにわかに措信することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  すると、被告は原告古座岩のみを住込管理人として雇傭したものというべきであるから、自己も管理人として雇傭されたことを前提とする原告山登の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないというべきであるから、以下、原告古座岩の請求について検討することとする。

二  原告古座岩の請求について

1  前記のとおり、被告が原告古座岩を昭和五八年一二月一日に住込管理人として雇傭し、その労働条件が請求原因2(一)(二)及び(四)記載のとおりであったこと(ただし、月額基本給は一六万円と認めた。)及び請求原因3(一)の事実は当事者間に争いがない。

2  そこでまず、休日勤務手当の支払請求の当否について考える。

(一) 原告古座岩は、被告の専務取締役近山幸利は前記採用面接の際に原告古座岩に対し明示の業務命令をもって休日待機を命じた、と主張しているが、これにそう原告古座岩本人尋問の結果は別に補強すべき証拠がなく、かつ証人河野博志の証言に対比してにわかに措信できず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はないから、原告古座岩の右主張は採用することができない。

(二) 次に、原告古座岩は、マンション住込管理人の業務内容、原告古座岩が現実に休日に待機していたこと、管理組合からも原告古座岩らに対し待機要求があったこと及び被告も原告古座岩の休日勤務を承認していたこと、以上の理由から、被告は原告古座岩に対し黙示的に休日待機の業務命令を発していたものである、と主張しているから、さらに右の点について検討する。

なるほど、マンション住込管理人のような監視又は断続的労働に属するもののなかには、通常の勤務時間以外にも勤務を要するものが多く、本件マンションの管理人についてもこれを否定すべきではなく、現に、その頻度等は暫く措くとして、原告古座岩が休日にも伊丹ロイヤルマンション若しくは東灘ロイヤルマンションの管理人室に居て、管理人としての業務に従事したこともあったことは当事者間に争いがなく、また、(証拠略)によれば、昭和五九年九月一日、一〇月六日、一一月一〇日の三回に亘り、東灘ロイヤルマンション管理組合と被告会社との間で、管理人(原告古座岩)の休日問題が話合われ、右管理組合からは休日についても役務提供をしてほしい旨の申入がなされ、結局、休日については被告が管理人の代替要員を派遣することで決着をみたことが認められる(右認定に反する証拠はない。)ところであるが、果して原告古座岩主張の如く常時継続して住込管理人に休日待機を命じ執務させる必要があったかについては、当該職種の性質上にわかに首肯し難いものがあり、必要の都度管理人に執務を命じるか、又はその暇がないときは代替要員を派遣する等して処理することも充分可能なところであって、特に本件については次の諸事情が認められるところである。

(1) (証拠略)を総合すると、原告古座岩が被告の住込管理人として勤務していたころ、平日でも管理人としての業務が頻繁にあったわけではなく、待機時間が多かったし、休日において特に処理すべき業務は殆んどなかったことが認められ、これに反する原告古座岩本人尋問の結果はにわかに措信することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(2) (証拠略)を総合すれば、株式会社ハイム(実質的には被告)と伊丹ロイヤルマンション管理組合及び東灘ロイヤルマンション管理組合との間の各管理委託契約(管理仕様書)においては、日曜日及び年末年始の四日間、各マンションを管理する法的義務は負わない旨が定められていた事実を認定でき、右認定に反する証拠はない。

(3) (証拠略)を総合すると、被告の就業規則には、日曜日、国民の祝日及び年末年始の四日間は休日と定められていること、及び被告は原告古座岩に対して採用面接の際に右就業規則及び前記の伊丹ロイヤルマンション管理仕様書(〈証拠略〉)を提示していることを認定でき、右認定に反する証拠はない。

以上の認定事実からすれば、被告が原告古座岩に対し管理人として休日待機を命ずる必要は乏しかったものというべきところ、この点に、(証拠略)と弁論の全趣旨により認められる、原告古座岩が休日全体につき全面的に休日勤務手当を支給するよう初めて請求したのは昭和五九年七月二六日であること(従って、それまで被告から支給されていた休日勤務手当は異議なく同原告が受領していたものとみなしうる)、及び(証拠略)により認められる、原告古座岩が大阪中央労働基準監督署に対し、「被告会社が休日割増賃金の支給をしない。」として、その支払勧告の発動を求めたのに対し、同監督署は被告から、(1)休日に業務命令をもって待機を命じたことはなく、今後も命じない、(2)現実に休日に勤務したときは割増賃金を支給している、(3)休日は完全休業してさしつかえない、(4)管理組合に対しては、休日に管理人に仕事を言い付けないように申入れる、旨の回答を得て、賃金未払の点を問題にしなかったこと、これらの事実をも彼此勘案すると、被告は当時黙示的にも原告古座岩に対し休日待機の業務命令を発していなかったものと認むべく、他に、被告が同原告に対し右業務命令を発したと認められる事情については、主張、立証のないところである。

(三) すると、被告が原告古座岩に対し休日待機を命じたと認めることはできない(あるいは管理組合との関係で休日労働を余儀なくされたこともあったであろうことも推察されようが、それは、業務命令によるものということはできず、原告古座岩の判断によるマンション住民としての個人的サービスに留まるものとみざるをえないものである。)ので、その余の点を判断するまでもなく、原告古座岩の休日勤務手当の支払請求は理由がない。

3  次に主任手当支払請求の当否について考える。

(一) 被告が原告古座岩に対し、「管理主任」の肩書の付いた名刺を交付し、その使用を許諾していた事実は当事者間に争いがない。

(二) ところで、(証拠略)によれば、被告の賃金規定一〇条による役付手当支給の対象となる「主任」とは、いわゆる管理職に相当する者であって被告の本社にしか配置されていないこと、原告古座岩が従事していた管理人の業務は、管理人室における受付、建物内外の巡視・点検などであって、右は裁量的な要素を含まぬ単なる機械的な軽労働を主体とするものであること、被告の他の管理人も「管理主任」の名称が付されているが主任手当の支給を受けていないこと及び原告古座岩は、採用面接に際して「主任」に関し何らの説明も受けておらず、名刺を交付されてはじめて自分が「管理主任」であることに気付いたこと、以上の各事実を認定でき(右認定に反する証拠はない。)、右認定事実によると、原告古座岩が被告において前記役付手当支給の対象となる「主任」であったものと認めることはできず、被告が原告古座岩に対し主任手当を支払うことは雇傭契約の内容となっていたものとはいえないから、原告古座岩の主任手当支払請求もまた、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

第三結論

以上のとおりであって、原告らの本訴請求はすべて理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 砂山一郎 裁判官 白井博文 裁判官 山本和人)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例